(新聞投稿中原稿)

障害のある方の状態を体験して知ることは、福祉サービスの質を考える上で、重要である。三月三日は耳の日であるので、ここでは聴覚における老人性難聴をとりあげ、それを追体験できる音を提供しよう。

老人性難聴とは、加齢しか原因が見当たらない難聴だ。高齢になると、音の高い成分が聞こえにくくなる。聴力検査では4000Hzの聴力が著しく落ちているので分かる。多くの人は高齢になると大なり小なり老人性難聴になる。

私も最近老人性難聴と診断され補聴器を装着している。そのとき正確に測定した自分の聴覚の特性を模擬する音声を作成した。それを分析して自分でもおどろいた。拙著「音声言語処理入門―図解、音声、動画でわかる―」(研究社、2024年)を参照されたい。

元の音と老人性難聴の、音声波形と声紋を図に示す。音は、QRコードのホームページで聞くことができる。二つの矢印の部分を比較すると分かるように、正常耳に比べると老人性難聴では高い方の成分がそっくり無くなっている。音声を聞き正常耳の音と比べると、音は聞こえるのに、ことばがはっきりしない。

これを視覚に例えると、建物など大きいものの形は分かるが、足元の障害物などがはっきりしないようなものだ。読書のとき小さな字がぼやけて読めないのと同じだ。

視覚の場合は、近視用眼鏡や老眼鏡で補正できる。聴覚の場合は、補聴器で補正する。老人性難聴の場合は、聞こえにくい高音域の音だけを大きくするのだ。

老人性難聴の人は耳鼻科の病院で補聴器を処方してもらい、適正に調整してもらうといいだろう。難聴の性質をよく理解すれば、適正な補聴器が手に入るものだ。

補聴器を装着して慣れるまでの間は、遠くの雑音まで聞こえて煩わしいことがあるかも知れない。しかしそれが本来の音の世界なのだ。補聴器により、ことばの聞き間違えが少なくなり会話が楽しくなるだろう。音楽を楽しみ、日常生活が明るくなって、生活の質が向上すると期待できる。

健聴者の人には、この音を聞き難聴を追体験し、その特性をよく理解して、高齢者福祉サービスに役立てていただければと思う。

「音・話ことばの実験室」主宰 

琉球大学名誉教授、工学博士、72歳

老人性難聴の音

正常耳音