万葉仮名で記された文(万葉ことば)を読み上げる音声合成システムを作成した。日本語で最も古い奈良時代の言語の音声合成システムだ。
私は、800種とも言われる琉球語の方言をすべて合成可能な音声合成システムを作るため、首里方言の音声合成システムを発展させて、汎用の音声合成システムを構成した。これは、モーラ(五十音表の1文字)とアクセントを各方言のものに取換えれば、その方言の音声合成システムに変身するものだ。
琉球語は、日本語のすべての時代の言語音を地理的に保存しているとよく言われる。私は「音声言語処理入門」(研究社、2024年)という本を書いた。そのとき、琉球語が時間を超える存在であることと、琉球語の音声合成システムが汎用であることが結びついた。すなわち、この汎用音声合成システムは、古い日本語もすべて合成できるのだ。そこで、この本の音声合成の項目では、琉球語の音声合成が主役になった。もちろん、日本共通語(東京方言)のことも十分書いてある。
万葉ことばの音声合成システムは、琉球語の汎用音声合成システムを用いて作成した。奈良時代のことば(万葉ことば)の音節表(五十音表)[1]を図1に示す。奈良時代の万葉仮名は、8種の母音を持っていた。イ、エ、オがそれぞれ甲、乙の2種ずつあることが特殊だ。その音がどのような音色の音であったのかは、いろいろ議論がある。今回は1989年に出た論文[2]に基づいて、私自身が声門破裂音の研究で考察した「い“、え”」の音を加味した。

図1 奈良時代の音節[1]
文献[2]では、奈良時代の母音に関するいくつかの説をとりあげ、比較検討し、母音の三角形のバランスから、当時の母音体系は、図2に示すような8母音であったと推定している。

図2 奈良時代の8母音[2]
イ、エ、オは現在の母音に近いもの(甲類)に加え、あと1種ずつ(乙類)があったことは定説である[3]。図2では、乙類を「*」付きで示してある。論文によれば、オについては乙類のものが現在のオに近いとしている。
私は、琉球首里方言の声門破裂音[4]を分析合成系で研究していた時、声門破裂音のある/ i, e/ を「い」「え」、声門破裂音のない/ 'i, 'e /を「い”」「え”」と表記したらどうかと考えた。琉球首里方言にはこのように2種のイ、エがあるのだ。
これらのことを考慮して、乙類iは[ji. wi]で、eは[je, we]、甲類oは、奥舌母音なので[wo]に近いと考えた。ただし、音節では半母音部を短くし二重母音のように発音する。他は現代日本語と同じである。
アクセントは、試験的に首里方言のもので代用した。
このようにして万葉ことばの音声合成システムを構成した。音声の合成例は「万葉語で読み上げる」に示した。
[1]釘貫 亨:日本語の発音はどう変わってきたか,p. 27, 中央公論社(2023).
[2]清瀬義三郎則府:日本語 の母音組織 と古代音価推定,言語研究 (Gengo Kenkyu), 96 (1989), pp. 23~42.
[3]釘貫 亨:日本語の発音はどう変わってきたか,中央公論社(2023).
[4]高良富夫:音声言語処理入門 ー図解・音声・動画でわかるー,研究社(2024年)
