2026年7月7日琉球新報論壇
ノーベル文学賞を受賞した韓国の女性作家ハン・ガン作で、斎藤真理子訳の小説「別れを告げない」を読んだ。訳者の斎藤氏が「2026憲法講演会」の講師であったことから、本書を手にした。
この小説は、韓国の済州島における、1948年4月3日から始まる国家権力による住民虐殺事件(済州島四・三事件)をモチーフにした家族愛の物語である。女性主人公の母が12歳のころ、その事件は起きた。主人公の親友の目を通して語られる。主人公と親友は、小説の後半において、ともに過ごし語り合うが、それは夢か幻か分からない時間と空間を超えた世界になっている。まさにノーベル賞の内容と表現だ。
私は、二十数年前、大学の仕事で済州島を訪問したことがある。この島には、高・良(梁)・夫という、私の氏名と同じ姓の三神の始祖伝説がある。不思議なつながりだ。そのとき、住民虐殺の話も聞いていたようだが、深く調べることはなかった。
済州島は、沖縄との類似点が多い。島の長さは沖縄島よりやや短く、幅はその倍くらいだ。人口は66万人。韓国本土から80キロメートルほど離れた島で、小説で表現されている厳しい冬の気候を除いて、歴史的、社会的にも沖縄と似ているようだ。現在は、韓国の代表的な観光リゾート地だ。
本土と離れているので方言も特異であり、このことも沖縄と同じだ。原作には、済州島の方言のようなことばで書かれた部分があり、訳者は、これを沖縄の方言に変えて翻訳しようと試みたようだ。訳本では、現代沖縄語風のことばになっている。
済州島四・三事件は、当時、米軍支配下にあった軍事政権で起こった島民の蜂起に伴い、陸軍、警察など朝鮮半島の政権支持派が引き起こした住民虐殺だ。犠牲者は3万人とも言われる。事件は、軍事政権によって長く隠ぺいされた。
そのころ、沖縄も米軍占領下にあった。日本本土は独立し、沖縄は切り離されて、国家権力は及ばなかった。沖縄戦で打ちひしがれた住民には、蜂起する力などなかった。しかし、この悲惨な事件は、むしろ米軍占領直前の沖縄戦の時に比定すべきだろう。日本軍による住民虐殺もあった。国家権力が住民を虐殺同様の状態に追い込む時代状況だったと言えるだろう。
小説のタイトル「別れを告げない」は、作者によると「哀悼を終わらせない」という意味だ。それは「決して哀悼を終わらせないという決意」であり「愛も哀悼も最後まで抱きしめていく決意」だという。訳者あとがきで述べられているように、「哀悼は単に忘却に抗うためでなく、今を生きて未来を作るためにある」のだ。
原稿のタイトル・サブタイトルは「もうひとつの沖縄 ー韓国済州島の悲劇ー」
