(2026年3月3日琉球新報論壇)

直木賞を受賞した小説「宝島」を受賞直後に読んだ。また映画化された同作品を鑑賞した。日本復帰前の沖縄を時代背景にして、主人公の3人が冒険活劇的物語を展開する架空の世界だ。現実の同じ時代を生きて、記憶に残っていることが多かったので、僕は、小説を読んだ時から、目頭が熱くなることが幾度もあった。

宮森小学校の米軍機事故、祖国復帰運動、教公二法、主席公選、B52墜落事故、コザ騒動、毒ガス移送など。もちろん新聞などから得た情報だが、ほぼリアルタイムで知っていった内容だ。僕は、物語の中軸となっているウタ少年と同年生れだ。日本から切り離された翌日に生まれ、復帰の年に成人した。マスコミの情報ではなく、僕自身の実体験と重ねるため、「教公二法」と「コザ騒動」をとりあげる。

ウタ少年が初めてデモ行動に参加した「教公二法」の時、僕は、中学2年生で、生徒会役員だった。先生方が全員年休を取って立法院を取り囲んだ。学校は、みんな休校になった。僕の中学校でも生徒は家に帰され、学校には校長と教頭、そして僕ら生徒会役員だけが残った。僕らは、先生方に代わって学校の中を見回り、学校を守った。

「コザ騒動」が起こったのは、高校3年の12月20日(日)未明だった。物語でウタ少年は、その時、壮絶な最期を遂げる。僕の日記によれば、それは、国費自費学生の選抜試験の日だった。国費自費学生とは、本土国立大学への国費留学生のことだ。これは、主として沖縄の医師不足を解消するために作られた。コザ十字路から通っていた同級生が、登校時ゴヤ十字路付近で多数の焼けた米国車を見た、と言った。ウタ少年はそのとき、人生を閉じた。僕と同級生の何人かは、幸運にも試験に合格し、新たな人生へと向かっていった。

物語の主人公たちは、「核抜き本土並み」でない日本復帰に抵抗する過激派として行動する。だが、現実の政治運動は、むしろガンディーの非暴力・非服従主義独立運動に似ていた。日本復帰の理念は、物語のそれと同じだった。平和憲法を持つ理想郷日本への復帰だ。だが、米軍基地は存続し、核密約もあった。日本政府に裏切られたと考える人が多かった。

日本復帰前後の僕の体験からすると、歴史は、いつの間にか、思わぬ方向に動く。80年以上前の破滅的戦争へ向かった時もそうだったようだ。昨今の日本の状況もそうではないかと危惧する。僕の世代より若い方々には、まずは物語を観て、架空の世界から歴史的真実を学び、当時の時代背景と日本復帰の理念について、僕らと情報共有していただければと思う。

那覇市、琉球大学名誉教授・工学博士 高良富夫 73歳


新聞で、見出しは「復帰の理念 共有したい」、高校3年の12月ー>高校3年の1970年12月、ガンディーー>ガンジー、物語を観てー>物語を見て、「工学博士」無し。